複雑なキモチ

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去年前の職場の方からお誕生日にもらったバラが今年もやっと咲きましたshine

お誕生日は4月なので1ヶ月も遅れてですが…

とても清楚で綺麗でしょtulip

今日は昼近くからrainが降りだしちょっと小寒い1日でしたbearing

今日は長女はNLAで午後から東北の仙台へairplane

次女もNLAで朝から総勢13人で日帰りですが石川県の金沢へrvcar

長男は試合でしたが準備と片付けだけして、昨日ちょっと怪我をしたので一旦家に帰ってきたりとのんびりしていましたsoccer

三女は午後からHちゃんちに遊びに行きましたnote

私はと言うと、お昼にsachipopちゃんがお寿司の創作ランチを食べに連れて行ってくれました(子供達はそうめんでした~~happy02

080524_134602_2 美味しかったdeliciousheart04

いろんな事を話したり、リニューアルしたお店に服を見に行って、サングラスeyeglassを買ったりしました。

楽しかった~notes

このところお休みの時は引きこもりだったからな~

久しぶりにお出かけしましたconfident

連れて行ってくれてsachipopちゃんありがとねhappy01

そうそう昨日もらったイチゴですが何とも言えず可愛かったのでheart01

仲良しの双子さんですvirgovirgo

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三女のお友達のお家(と言ってもウチのお向かいの家です)からいただきました。

たくさんビタミンの補給ができましたscissors

ちょっとストレス解消が出来た1日だったけど、

なんかこのところ休みって言うとほとんど子供達と顔を合わせることがありません。

どんどんこんな感じになっていくのかな?

来年もしかしたら次女が県外の専門学校に行くかも?

長女も就職だし…weep

今まで送り迎えをしていた長男も雨でも一人で自転車bicyclesoccerに行ってしまいます。(あんなに送り迎えが大変でいつ終わるかって思っていたのにねcoldsweats01

子供の成長を喜ばなくっちゃならないんだけど、なんか置いていかれる気がする。

駄目母ですね。

でもそれだけあなた達を一生懸命育てたってことだけは覚えておいてねconfident

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同級生の死

「同級生が死んだ…」

そう言って長男は応援団の打ち合わせに友達の家に行ったと、仕事から帰ってきた私に三女が言いました。

「え?誰が?何で?」

そう聞いても三女はそれ以上は聞いていないと言いました。

長男の通う中学はマンモス校で、800人位の生徒がいるのできっと”誰”って聞いてもわからないだろうな~って思いました。

長男が帰ってきて

「ねえ、誰が亡くなったの?」

と聞くと

「 I だよ」

「え? I ってあの子?なんで?」

「家にいて突然倒れて、救急車で運ばれたけどダメだったんだって…」

I さんは同じ小学校…それも私が役員をやっていた小6の秋に引越してきた父子家庭の女の子でした。

きょうだいはお兄ちゃんと二人。

よく覚えているのが、卒業式に先生にお花を渡すのに当日親さんから百円を徴収したのにその子だけが、小学校の卒業式に誰も親さんが来ていなくて持ってきませんでした。

父子家庭だなんて知らなかった私は

「お母さんは?」

と聞いてしまいました。

今日は誰も来ていないといって、近くに住んでいたので翌日持ってきてくれました。

その頃はとっても可愛い女の子でした。

中学に上がると段々、どっちかというと不良と言われるようになってきました。

夜、長男を塾に迎えに行った10時頃に I さんが一人で自転車でふらふらしていたり、長男のことを書いた『裏切り』と言う記事にもかかわっていたんだけど、長男の携帯にかなりきわどいメールを入れてきたり…

長男の携帯を見た時に

 いまから出てこれない?  とか

 さびしいからウチに来て  とか

親からしたらとんでもないと思うようなメールが来ていました。

もちろん長男は応じてはいなかったけど、夜中の1時くらいのメールや試験勉強をしていても随時入ってくるメールに返信していて怒った事もありました。

着信拒否にしなさい! って言った事も…

I さんは彼氏もいたし、長男が好きなわけじゃなくて夜勤か何かででお父さんがいないとさびしくなって夜な夜な誰かにこうやってメールを送っていたようです。

長男も2年生の時に同じクラス同じ班だったので、無視するわけにも行かず、メールも返してたとその時は言っていました。

でも、頭に血が上っていた私は

(こんな子は長男に近づいて欲しくない!)

それだけを思っていて、この子がどんな気持ちでこんな事をしていたかなんて考えもしませんでした。

お通夜に長男が行ったら校長先生から

「若年性の突然死で…」

との説明があったとのことでしたが、

私が知っている限りこの子はかなりお酒も飲んでいたし、シンナーもと言う噂もありました。

それがこの子の命を縮めたんじゃないのか?そんな思いが頭をよぎりました。

もし、母親がそばにいたら…その家々の事情があるだろうけど、女の子だしお母さんにまだ甘えたい年なのに…

涙があふれて止まらなくなりました。

長男の話では、高校に行きたいから最近学校も真面目に行くようになったし、その亡くなった夜も勉強をしていたらしいと聞いてきました。

あのあどけなかった小学校の頃、そして長男にメールを送っていた中2の頃、もし誰かそばにいてあげられる大人がいたら彼女は生きていられたかもしれない。

まだ14歳の命なのに…

これから高校に行ってもっともっと楽しい事がたくさんあったのに…

お通夜の席でお父さんは呆然として挨拶も出来ない状態だったそうです。

長男はお焼香をして I さんの顔を見てきたそうです。

「なんか変な感じがした…」

事故でもないので綺麗な顔だったんでしょうね。まるで寝ているような…

もし、お酒やシンナーが何か少しでもこの子に影響しているとしたら…

まだ14歳の体に耐えられるものではなかったんじゃないかと。

大人だって仕事やストレスから逃れるために飲みすぎて肝臓を悪くする人もいるけど、子供がこんなものに逃げちゃいけない!

心からそう思いました。

この子が亡くなった日に私は三女とMSちゃん親子とTDLに行ったんだけど、なんとMSちゃんのママはこのI さんのクラスのクラス委員さんでした。

夜行バスの中で学校の先生や他の役員さんとずっとお通夜やお葬式に生徒達をどう参列してもらうか、など相談していました。

私もMSちゃんのママも同じ年の子供を持つ母ですから、三女達のはやる気持ちをよそにかなり気持ちが沈んでいました。

自分から命を絶ったんじゃないけど、自暴自棄になって自分を痛めつけてた所も有ったと思うと、

自分の子の事だけを考えていた自分を恥ずかしく思います。

I さんのご冥福を心よりお祈りしたいと思います。

          合掌

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生存確認の電話

先日からニュースで話題になっている文部科学省に届いたと言う ”自殺予告の手紙”

一応家の高校生2人は、いじめには今のところ無関係だと言う事で

他人事のように話を聞いていました。

そうしたら10日(金)の夜、次女

「あ~ 明日  担任に電話しなくちゃならないんだよ~」

「なんで?」

「生存確認らしい…」

「へ?」

「担任が全員の生存を確認して→学校が全体を把握して→教育委員会に連絡 ってことらしいよ。」

「そうなんだ~ それってあんたの学校だけ?」

「県全部だって。 もしかしたら日本全部じゃない?」

「そうなの~~??」

そりゃあ 人一人でも命だから、どうやってでも真剣に取り組まなくちゃいけないんだよね。

「でも全員が電話したら先生の電話につながらないんじゃない?」

「誰が何時って、決められてるの。

あ~ 最悪~ 明日はお休みだからゆっくり寝られると思ったのに~」

(人の命のために先生も40名からの電話を受けようって言うのに、なんてこの子は能天気なの…・・;)

どうやらもし自殺するとしたら、朝が確立が高いらしい。

だから指定されたのも ”朝” なんだけどね。

次女と 高校の違う長女にも聞いてみると

「私は何にも言われてないよ~」

でも、良く考えてみたら11日(土)は 学校の統一テストで ”登校日”!!

だから、欠席の人に先生が連絡するのかな~?

まあ、とりあえず家の2人の高校生は今のところ心配なさそうだけど、

親にも思い当たる子供がいたら、こんな予告手紙も他人事ではないでしょうね。

それこそもし私が思い当たるなら、そばを離れられないしこの日だけじゃ何の解決にもならないかもしれないけど、

一緒に横に寝ちゃうよね。

・・・・・まあ今日は12日。

次女も夕べ

「何にもなかったね。」

と言っていました。

良かったですよね。

次女

「学校であの手紙がもしかしたら、本当にいじめられてる子が書いたんじゃないんじゃないか?っていってたよ。」

って言ってたけど、確かに理路整然としている文章だとは思うけど

親の気持ちから言えば、いじめられて追い詰められて書いたんじゃないほうが 良いよね。

いたずらはいけないけど、子供がそこまで追い詰められてたら可愛そうだよね。

あの手紙に刺激されて他にも手紙が送られてきてたし、大臣さん達は振り回されて大変かもしれないけど、

三女の小学校からも『いじめに負けないで』メッセージカードももらって来たり、

今 全体が、いじめの被害者を出さないように 動き出している。

もしかしたら、本当に子供のことを考えてやっている大人ばかりじゃ 無いかもしれないけど

(仕事だからとか…どこかの校長みたいにね `^´)

それでも、良いんじゃないかと思う。

い・じ・め と言ってもあまり注目されなかった時もあったのに、今なら

たくさん相談する所も出来てきたし、少しは親の意識も変わって行くんじゃないかな? と思う。

少なくとも長女をいじめた子達は、お勉強も出来てプライドも高い親達の子ばかりだったから

そういう人達は、こういう問題に巻き込まれたくないだろうから これだけ話題になったら

少しは自重するんじゃないかな?なんて思ったりします^^ (無理かな…?)

先日、金八先生(武田鉄也)が いじめられている子にメッセージを送ったとか

『いじめている子に色々言っても変わらない。いじめられてる子が、変わって強くならなくちゃ』(みたいだったと思う…)

だって九州の自殺に追い込んだ子達、また同じようにいじめてたんでしょ?

そんな子達は、誰かが亡くなったって 心に傷なんか負わないんだって!

そんな奴ら(だんだん言葉が悪くなってきた・・;)のせいで死んじゃうなんて悔しいよ。

日本全国のいじめで悩んでいる子達!家の長女も6年くらい苦しんだよ。

でも、今 自分を変える努力をして 楽しい高校生活を送れたよ。

来春から自分の夢のために 頑張って、短大も決まったよ!!^^

暗い穴の中で 細い糸のような光かもしれないけど、そこからいつか抜け出られる希望を持って!

実際私も先生にもいじめられた経験があるから、少しは分かっているつもり…

これからうちも4人もいるし、また誰が対象になるか分からない…そう考えると不安だけど、絶対負けない!! 子供と一緒に打ち勝つよ^^v
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『ちいちゃんのかげおくり』 2

『ちいちゃんのかげおくり』  に続きます。

三女の宿題に、戦争を体験した人に項目にそって聞いてくると言うのがありました。

”1”でも書きましたが、三女の友達の親御さんはまだ若く それこそ三女の学年が1番上の子だと

その親さんの年代では戦争を体験しているおじいちゃん・おばあちゃん

が少ないようでしたが、

4人目にあたるうちの三女の祖父母(私の親)は、戦争の体験者でした。

一緒には住んでいないので、実家にファックスでお願い用紙を送り、項目に沿って書いて送ってもらいました。

戦争を体験してない年代の方たちに、実際体験した それもその当時三女と同年代だった私の父と母の事を

良かったら読んでくださいね^^

私の父は、東京の生まれです。

母は九州で高校まで育ちました。

それで、都会のネズミと田舎のネズミじゃあないけど(笑) 

戦争の時は、東京と九州だったので 書いてもらったレポートも その都会と田舎の違いが出て、とても面白かったです^^

まず父の戦争中の東京の子から見た様子です。

〈戦争の頃の年齢〉

 ・8才(小2)~12才(小6)
  小学校は、戦争中 ”国民学校”と名前が変わっていました。

〈遊び〉

 ・けん玉、めんこ、こま回し、ベーゴマ、竹馬(自分で作る)、缶けり、缶下駄(缶に穴を開けて紐をつけて)、押しくらまんじゅう、トンボ&虫取り、野鳥取り(餅のりのついた棒で)、魚釣り、ザリガニとり(戦時中は食べてました)

〈食べ物〉

 ・芋粥、サツマイモのつる、里芋の茎、野草、麦粥、すいとん、かぼちゃとつる、ジャガイモの皮も何でも食べたよ。 小麦の皮も。

  今じゃ馬も食べない物まで。魚でスケソウダラとか。まだまだ一杯あるけど、今では人間が食べない物まで 食べてました。

  おやつに大豆の煎ったのを5粒とか…

服装〉

 ・頭…坊主がり

  体…着る物が少なくて 「衣料切符」 が配られ、自由に買えなかった。 夏は、今と変わらないが 冬は、充分着るものが買えないので、つぎはぎだらけの衣服でも、みんな着ていました。

  足…主に運動靴と下駄やわらで作ったわらじ(わらぞうり)、革靴は買えませんでした。

〈空襲の時の町や人の様子〉

 ・家にいる時は、すぐに防空壕に入りました。 何時間でも空襲警報が解除されるまで、入ってなくてはなりませんでした。 
  町中で空襲警報が鳴ると近くの防空壕へ急ぎます。 外には警官や兵隊しかいません。
   近くへ爆弾や焼い弾が落ちると、すごい地響きや音がしました。 とても怖かったです。
   町中は車も何も動かなくなり、時間が止まったようです。

ここには、書いてありませんが父達は空襲のひどかった時には 疎開をしたそうです。

親や兄弟と離れて、そこでも地元の子達とかにいじめられたと聞いています。

まだまだ小さい子供達にとって どれだけ精神的にも辛かったか?

尋常じゃない生活を送った時代だったんですね。



次は、母の九州の戦争体験です。

〈戦争の頃の年齢〉

 ・終戦時 10才 (小5)

〈遊び〉

 ・お手玉、ケンパ、虫取り、かくれんぼ など
  でも、いつも弟や妹の子守で遊べませんでした。

〈食べ物〉

 ・私(母)は、田舎だったからお肉以外はあったけど、カボチャとかサツマイモが多かった。
  ご飯は、麦ご飯が多くて 白いご飯はめったになかったよ。
  梅干まで、配給制度でした。

〈服装〉

 ・頭…おかっぱ

  服…シャツブラウスや着物(カスリ)、モンペ(上と下にゴムが入っている)

  足…運動靴やぞうり

  防空頭巾を方からかけて学校へ行ってました。 何にでも、地区名と名前を縫い付けてありました。

  〈空襲の時の町や人の様子〉

 ・自宅の庭に大きな住めるような穴 (防空壕) を掘って、警戒警報~空襲のサイレンがなると逃げていました。
  煮炊き出来るようにしてありました。
  近くに爆弾が落ちた時は、戸が倒れたりして 人も亡くなりました。
  私は、佐賀ですが 長崎の原爆が落ちた時の音と空が目に焼きついて離れません。 防空壕の前から見えました。
  その時の様子は、警戒警報のサイレンが鳴ったので入ろうとしたら、一瞬真っ暗になり、その後で黒い雲が東(家のほうから見て)の方にすごいうなり音 ゴ~~~~と流れていくのを見ました。
  その時は、何だかわからなかったけど 後で原子爆弾だとわかりました。
  大きくなって長崎へ行ったら、石段に人の形の黒い影が残っていました。

母は、8人姉妹兄弟がいます。 みんなの食料として配給のあった”梅干”をもらってくる途中に 転んで落としてしまい 砂のついた”梅干” を拾って、泣きながら砂を払ったそうです。 それを持って帰らないと食べるものが、減ってしまうからだと 聞きました。


よくわからないところもあるかと思いますが、父と母が書いてきたそのままを載せました。

三女の宿題ながら、私も送ってもらったファックスに見入ってしまいました。

三女のクラスでも先生が、資料として使ってくれたようです。

父と母が一生懸命書いてくれたものが、娘の教材として役に立って嬉しかったです^^

こんな生活なんて、テレビの中だけだと思っているけど

もし戦争になったら、芋のつるなんて食べられますか?

今の子達が ゲームがない生活が出来るでしょうか?

この時代よりもっと便利になりすぎている今、きっとこの時代以上に辛いものがあるでしょうね。

三女が 『ちいちゃんのかげおくり』 を読んで、仲良しの Hちゃんと2人で

晴れた日に ”かげおくり”をしたそうです。

「ちゃんと”かげおくり” できたよ~」

と教えてくれました。

いつまでも平和で笑って ”かげおくり” が出来る世の中であって欲しいですね。
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『ちいちゃんのかげおくり』 1

『ちいちゃんのかげおくり』 って知っていますか?

今、小3の三女が学校の国語の授業で勉強してるお話です。

*もし、このお話を読んでみたかったら ここをクリックしてくださいね(*^^*)


『火垂るの墓』と同じ戦争のお話ですが、『火垂るの墓』はあまりに悲惨すぎて 1度だけ映画もテレビで見ましたが、思い出すだけで辛くなるので その後見ることが出来ません。

この『ちいちゃんのかげおくり』 長女が小学校の時から教科書に載っていて、

毎日の音読で長女次女長男の読んでいるのを何度聞いても、胸の奥がキュンとなってしまうお話です。

《 (あらすじ)

ちいちゃんの思い出は、出征するお父さんと”かげおくり”をした事でした。

空襲が来て、お母さんとお兄ちゃんと逃げるのですが、お母さんとはぐれてしまいます。

最後に自分の住んでいた家にたどり着いて、お母さんとお兄ちゃんが帰ってくるのを待ちますが、

帰ってくることはなく、ちいちゃんも食べるものがなくて死んでしまいます。》

最近、小学生だか中学生が 北朝鮮の事を話している時に

「戦争をやって ぶっ飛ばせば良いのに!」

と言っているのを聞きました。

この子達は、ゲームをやったりテレビの戦い物を見て育っているんですもの

負けるわけがない!って思っているんでしょうね。

テレビで戦争物をやっていても

「辛気臭い」

と見ないそうですね。

本当の戦争ってそんなものじゃないんだよね。

私だって戦争は知りません。

でも、父や母から小さい頃から 「戦時中はね…」 と聞かされて育ってきました。

だから、実際経験した親からの話は 頭の中に入っているのですが、

今の三女の祖父母の年代は 50代60代でも前半と戦争が終わってからの若いおじいちゃん、おばあちゃんです。

これからこういう年代の人達の時代になっていくのに、どうやって戦争の悲惨さを伝えていけば良いでしょうか?

先日、授業参観がありました。061026_1447

国語の授業で『ちいちゃんのかげおくり』 をやるというのですが、

教室で先生が黒板を使ってやるのではなくて、

先生が依頼して、三女の学年で戦争を体験されたおじいちゃん・おばあちゃんのお話を聞くという授業でした。

おじいちゃん達は、ずっと地元に住んでいる方ばかりで 家がB29に爆撃されたりして、

焼けてしまい、学校に行きたかったと話しておられました。

親は体育館の後ろからの参観でしたが、小3の子達は 思ったよりも真剣に聞いて、メモを取っていました。

家に帰ってから三女

「○○君のおじいちゃんが、家が焼けてずっと歩いたって言ってたね」

と本当に 『ちいちゃんのかげおくり』 のような状況があったことを聞いて、興奮して話していました。

三女の音読する 『ちいちゃんのかげおくり』 は、毎日聞いていますが、

何度聞いても 胸がキュンとして、目の奥が熱くなってきます。

お父さん お母さん おにいちゃん ちいちゃん 4人分の声色をかえて、気持ちを込めて読んでくれます。

最後に

” 「なあんだ。 みんな、こんな所にいたから、来なかったのね。」

ちいちゃんは、きらきらわらいだしました。わらいながら、花畑の中を走り出しました。

夏のはじめのある朝、こうして、小さな女の子の命が、空にきえました。” (作 あまん きみこ から引用)

このかぎカッコの部分を、ちいちゃんの声をまねして読んでくれます。

うちは6人家族ですが、このちいちゃんが三女とだぶってどうしてもこの場面に来ると 辛くなってしまいます。

でも、地震のような天災ではないけど もし、戦争が起こったら

こんな場面はどこにでもあることになってしまうでしょう。

この『ちいちゃんのかげおくり』は絵本にもなっているようです。

良かったらこれから子供さんを育てていく若いママパパ、現在育てている親さんも読んで欲しいし、

小学生なら理解が出来ると思います。

家族が笑って一緒にいると言う小さな幸せが、いつまでも続くように

是非、親子で一緒に読んで お話をしてみるのはいかがですか?

良かったら、戦争を知らない世代のために 三女の宿題で私の親に書いてもらった資料を次に公開しますね(^^)v

今、横で笑っている三女が 暗い夜に一人で防空壕の中ですごしている姿を想像するのも耐えられません。

親にとっての宝=子供が、いつまでも笑っていられるように 平和な世の中にしていきたいですね。

平和な日本でありますように! ポチッとお願いします!!

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”バーバーマヤmama”開店です!

_010_1 これは2人の誕生日の時の写真ですが、この右側にいるのが、

問題の長男です・・・

こいつが、最近調子に乗っています!( `^´#)

とにかく、学校からの電話もちょくちょくあるし

家での態度も悪い!

この所ずっと言っているけど、長男の夢を追うためにみんながどんなに我慢をしてきたか?!

わかっているのか??

サッカーをやりだして、8年

土日はずっと練習か試合。

小学校6年間の少年団時代は皆勤賞!

それって誰が偉いの?

自分だと思ってたら大間違い!!

送ってくれる親、そしてどこにも出かけられない姉達、5つ違いだったから ほとんど赤ちゃんの頃からグランドに連れ回されている三女

みんなはとっても長男を応援してくれていて、実家に帰ることくらいでどっこも旅行に行ったことはないけど、それを不満だなんて 口に出した事なんて1度も無い!

それどころか長男が色んな試合で選ばれたりしたら、自分のことのように喜んでくれてきた。(最近は不調だけど^^;)

それなのにサッカーに行く時間を言っていても、遊びに行って遅れて帰ってくるし、(まあ5分だけど)

出て行くときになってから早めに用意しておけば良いのに、それも出来なくて

私が車でエンジンかけて待っていて、ようやく車に乗り込むと言う具合。

それが週6日!!

学校でも先生と喧嘩ばかり。(この所は少し良くなったようだけど…)

長男の仲良しさんも昨日ママの怒りをかって、かなりのお仕置きをうけたよう(・・;)

2人でいることが、プラスになるなら良いけどこのままでいいのか?

疑問に思うこともある。

でも、普段のこの2人を見ているととってもほほえましいくらい仲が良い

サッカー馬鹿の長男がよりどころになるお友達が見つかったのに、

何でそれを2人で良い方に持っていけないのかな~?

2人とも学校でも授業態度が悪いそう。

長男いわく

「手を上げてもあててくれないんだもん。授業に参加するのがつまんなくなちゃったんだ…」

アホ!! 学校を何だと思っているんだ~~!!

小学生じゃないんだぞ!

試験前日までサッカーやっていても、まあそこそこの成績はとっているのに

態度が悪いから、評価も悪いし 先生から注意は受けるし…

私も昨日1時間くらい長男と話して 『そんなに学校が嫌なら行かなくて良いよ』 言いました。

長男の仲良し君も昨日は1日学校に行かず、家の事をやらせたりしたそうです。

彼は『態度を改めるから、学校に行かせて欲しい』と言ったそうです。

まあ彼は他にも親さんの逆鱗に触れる事があったそうですが…

ウチの長男も 

「ちゃんとやるから 行かせて下さい」

と言いました。

それなら・・・

1番文頭の写真を見てもそうですが、かなり髪の毛が長い!

これも夏から切ってなくて 『切れ!』 っていっても今まで切らせなくって

これだ!! って思ったんだよね ^^v

「坊主にしようか」

「え?それは…」

「そのロン毛がカッコいいと思ってるの?」

「別に…」

「どうするの?」

「・・・じゃあ 切ります」

ウッシッシ^^ ずっと切りたかったから一石二鳥だよ~

「学校から帰って来たら切るからね」

「うん」

****

そして、今日

あんまり気が進まないようだったけど、学校から帰ってきてどうするかな~? ちょっと楽しみ♪

「ただいま~」

と言って自分の部屋へ…もしかしたら私が忘れていると思って、自分の部屋に逃避行?

と思ったら、体操服で現れて

「母さん、 さあバッサリやってくれ!」

だって^^

「へ~ 嫌なのかと思ったわ」

と言うと

「もう決めたら、 学校帰りも 『俺は坊主にするぞ~♪』って歌いながら帰ってきたんだ」

ととってもにこやか(^^)♪

でも、大丈夫? あんまりショックで気が触れた?(ドキッ)

なんだかわからないけど、前もよく坊主にしてたから1年ぶりかな?

それでは "バーバーマヤmama" の開店です♪_042

私が切り出したら、長男本人が自分で遊びだした

名付けて ”まる子ちゃん”

_043_1

調子に乗って、まる子ちゃんから ”モヒカン”

こうなったら何でも来い!らしい

この後、字を書いてって言われたけど、ちょっと無理でした(^^;)

_045_1

_046

これが完成品^^

うちのバリカンで刈りました。

頭の形が良いから、この髪型も似合うと思うんだけど!

下の写真は、どう見ても犯罪者の後姿だよね~(笑)

まあ、髪の毛なんてまた生えてくるわけで 今までの悪行を刈った髪の毛とともにさよならして

そろそろ来年は中3なんだから、まっとうな人間に生まれかわるんだぞ~~!!

こんな息子ですが、実は結構可愛かったりします(^^;) でも、心を鬼にしてゆくゆくはお嫁さんに譲り渡す日まで 良い男に育てる努力をしなくちゃね^^

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夜中の奇行?

誰しも寝ている時は、どうなっているのか? わかりませんよね^^

私の職場にも寝てから起きるまで まったく動かないと言う方がいます(見てる?あなたですよ!^^)

実はどうなのかな~? 私は信じてないけど(笑)

私も小さい頃から寝ている時に 寝言をよく言うと言われます。

確かに良く夢を見るしね!

まあ、起きてる時も良くしゃべるけど 寝ててもしゃべっているとはね~(^^;)

私の妹も、奇行というか 寝ている時に目の開いている面積がとっても広い…です。(時々このブログ 見てるから怒られるかな~?)

つまり! 私たちは小さい頃2段ベットで寝ていたんですが、こっちを向いて見ているので

私が妹に話しかけると、実は寝ていた…と言う感じです(^^;)

本当にしっかり目が開いているので、ビックリでした。

今はどうなのかな~~??(ゴメン!!)^^

先日、kiki さんの記事でまだまだ赤ちゃんの娘さんが寝ぼけて  大変!て記事があったんだけど

小さい子の”寝ぼけ”は結構あるし、 寝てて良く動く子は元気!って言われたし まあいいかな~って思うけど

それでも動きすぎて どこかにぶつけて目が覚めちゃうとママは困るよね!^^;

夜中に目を覚ますと、なかなか寝てくれないもんね~

今からもう8年くらい前の事ですが、夜中三女を寝かしながらテレビを見ていると…

ガリガリ ガリガリ  ガリガリ ・・・・

と隣の部屋から音がします。

「最近離れにネズミが出たって言うから、ネズミか~?」

と旦那

「え~? 子供たち大丈夫~??」

隣の部屋は、2段ベットで下に長男、上に次女が寝ていました。

もし、かじられたら??!! と急いで隣の部屋へ!

そこで見たものは…?

次女が、2段ベットの柵の間から 半分顔を出すようにして2本ある柵の下のほうを

ガリガリ ガリガリ とかじっていました。

しばらくびっくりして二人して フリーズ状態!

「○○!」

と名前を呼ぶと、そのまま何もなかったかのように 「う~ん」と寝返りを打って 向こうを向いて寝てしまいました(・・;)

旦那と二人で顔をあわせて、プッ!

起きちゃったら困るので、ふきだしたいのをこらえて自分たちの部屋に戻りました。

「大きいネズミだったね(笑)」

次女(当時小2) の事だから きっと美味しいものを食べてる夢でも見てたんだろうな~^^

またまた、夜中の事です。

なかなか寝付かない三女を、またまたポンポンしながら寝かしてました。

その時、 ドスン!!

隣の部屋から、かなり大きい音がしました。

また二人で顔を見合わせると、隣の部屋へダッシュ~!

そこには、腰をさすりさすり2段ベットの階段を上っている次女がいました。

「あ~ 痛」

そう言いながら、階段を上るとそのまま布団をかけて 

何事もなかったかのように、ス~ス~と寝てしまいました(・・;)

「おいおい 大丈夫かよ」

と声をかけても、すでに夢の中…

翌日、朝ご飯を作っていると 次女

「なんか腰が痛いんだよね~」

とさすりながら 起きてきました。

「夕べの事覚えてないの~??」

「え? 何があったの?」

本当におとぼけさんです(^^;)

朝見てみたら 寝た時は、、毛布と布団をかけて寝たのですが、寝相が悪くて1番うえのかけ布団と一緒に

次女は落ちてきたようです。

階段の下に布団が落ちていました(笑)

少しはこれが、クッションの役割を果たしたんだろうな^^;

でも、酔っ払いと赤子は怪我をしないでしたっけ?^^

うちでは、それに次女もプラスしたいと思います。

今は、クールでシビアな次女だけど こんなお茶目な一面をたくさん母は知っているから 生意気言っても ブンむくれても やっぱり可愛い(?)娘です♪

団地に来てから、私の隣で寝ていますが 今は普通に寝ています^^

こんな昔の話載せたって知ったら怒るだろうな~^^

ゴメンね~ 明日二人でお買い物の予定!(長女はバイト、三女は体操の大会のための練習、長男はサッカー) 美味しいもの食べようね♪ それで許して~(*^^*)v 

私が次女に 怒られないように、ポチッとお願いしま~す☆

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いじめ・・・

061002_1256 これは、通勤途中にある堤防の彼岸花です。

もう、お彼岸は過ぎたのですが、一面に咲いています。

今日は、朝からいじめで自殺した小学生の女の子の遺書が ニュースで公開されていました。

教育委員会では、”いじめ”と言う言葉は使わず ”いじめ”があった事も認めないような発言でした。

遺書とも言わず手紙と言っていましたが、明らかに女の子は死を持って 訴えているのに

死んでなお、報われないですよね・・・

ご冥福をお祈りします。

私の職場に50代の女性がいますが、女の職場でこの年になっても結構いじめに似た事も平気でします。

その人が言うには、

「いじめられる方にも問題がある」

私は、その事に反論してわかるような人ではないので あえて何も言わないけど、

それは、違うと思います。

(救いはこの人に子供がいないことです。絶対いじめっ子になってたし、親になったらいじめを奨励しかねない人だから…)

私達は、この土地に9年前に引越してきました。

長女は、小3で転校してきました。

次女は小1で入学式からでしたし、長男は保育園だったので何の問題もなく 楽しく新しい生活を送る事が出来ました。

問題は長女でした。

小学校からかなり遠い所に住んでいたので、帰って来るのも遅くても仕方ないかと思っていたら、

近所の子はもう帰っていて、暗くなってから帰って来たことがありました。

「何でこんなに遅くなったの?」

「同じ方向の子は一緒に帰りなさいって先生が言ったの。

だから、一緒に帰ろうと思ったら 『校門で待っていて』ってお友達が言ったから

ずっと待ってたけど、もう帰っちゃってて・・・えっえっ・・」

と泣きだしました。

次の日、その子たちは笑っていたそうです。

又他の日ですが、用事が有って車で通学路を逆走していたら、

遠くに長女の姿。

でも、何か変・・・

お友達は、数人が長女の前を歩いているのに 

少し後から長女がたくさんのランドセルを持って、歩いていました。

「あんた何やっているの~!!」

と叫ぶと、みんな 「うわ~」っと前に歩いていた子達が、

ランドセルを持って逃げていきました。

「何でそんな事するの?」

長女に聞くと

「持てば、一緒に帰ってくれるって言ったから…」

言葉がありませんでした。

今では、その片鱗もありませんが その当時引越してきて、方言も違うのもあってか

少し引っ込み思案で、 おどおど系で小柄で(今は大女)きゃしゃでいじめの対象としては、持って来いだったのかもしれません。

そのいじめをしていた子達の中には、成績も良く 表では良い子と言われる子もいました。

学校の先生の子もいました。

もちろん親は、教育熱心で 全くそんな事を知らず、言っても家の子に限ってと信じないタイプの方でした。

担任の先生に相談しました。

女の先生でしたが、中学も経験しているのもあって

「いじめは確かに良くないけど、それを乗り越える強さを身につけて!!

中学のいじめは、もっと陰険だったからね。

先生も注意するけど、いじめは見ている所ではやらない事が多いから

何かあったらすぐに言ってね」

長女は『前に住んでいた浜松に戻りたい』 と言っていたけど、

逃げても又何があるかわからない。

先生の言うように、親も子も強くならないと!!

って思いました。

親も仲良くなった子を家に呼んで、一緒にクッキーを作ったり

休みの日には、一緒に遊びに連れて行ったり

少しでも絆が強くなれば良いな と思いました。

努力はしたけど、あんまり楽しくない小学校時代をへて

そして、中学校…

長女が通う中学は、マンモス校で 4つの小学校が集まります。

だから長女にも少し違う 学校生活が待っていると期待して 信じて送り出しました。

始めは、新しい友達も出来てグループで仲良くしていたようでした。

グループのある子が、同じグループの子を仲間はずれにしだしたそうです。

それを小学校での自分の体験もあったのか、我慢が出来なくなって、長女は同じグループでいじめている子に

「やめようよ」

と言ったそうです。

次のターゲットは長女になりました。

それからは、また小学校と同じ辛い日々でした。

それも手伝ってだと思いますが、出来るだけ目立たないようにしていてはいましたが、

成績は振るわず、高校も思った学校に入る事は出来ませんでした。

今回ニュースになった子がどういういじめを受けていたか?

それは、よく分かりません。長女よりひどかったのか?

でも、1ついえる事は 毎日行く学校が楽しくなかったら 

小さい事でも 毎日嫌な事を言い続けられたら

小さい心が壊れてしまう時が来てしまうかもしれないって事です。

たまたま、先生に言われた

「強くなれ」

って言う言葉を私達は、いやな事があると思い出して

「負けるもんか!負けるもんか!」

と親子で頑張ってきました。

もし、今いじめと子供さんが戦っている方がいたら 少しは安心していただけるかと思いますが、

長女は、行きたかった高校ではなかったのですが そこでは他の中学校卒の友達がたくさん出来て、

なぜか勉強もやるだけ結果として出てきて、 クラスでも上位になり

そうするとみんなの態度も変わり、長女本人の態度も堂々としてきたのか 

先生とも仲良くなり、3年間皆勤賞で今日現在まで通っています。

長女が言うには、

「今、又一人になっても怖くはないよ。」

本当に強くなりました。

もうすぐ短大の受験があります。

長女の未来の夢のため頑張って欲しいです。

今、戦っている子供さん、親さん 負けないで!!

時々写真を公開している長女ですが、今は暗い影は見えないと思います。本当に小中と辛い日を親子して 過ごしました。 いつ自分が対象になるかもしれない それがいじめだと思います。

自分の子が加害者になっても被害者になっても 辛い人生を送らなくてはなりません。 親の目を光らせて、これ以上いじめで悲しむ子が出ないように!!

今日は、もうすぐ短大受験の長女に励ましのポチをお願いします!!(ノ∀`)O。゜○ o。

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中間テストと新人戦

中学校は、今日”中間テスト”(今は期末テストだけの学校も有ります)

学校の部活なら、1週間前から部活もなくなって 朝も”朝学”と言ってテストにむけての勉強が有るくらい…

長男は、部活ではなくクラブチームでサッカーをやっているけど 

普通なら試験1週間前には、学校が違う子が集まっているので

自主的に申告してテスト勉強のために お休みしたりします。

でも、昨日から公式戦ではかなり大きい大会の 新人戦(予選)が始まりました。

夏前からこれにレギュラーで選ばれるために、みんな頑張ってきました。

長男のポジションには強豪が一杯・・・

体が小さかった長男は、入れてもベンチウォーマーの日々でした(^^;)  

なので、中学生だから勉強が本分! なのはわかっているけど、

夏も猛暑の中 どんなにか頑張ってきたのを知っていたから、

「テスト前だから休みなさい」

とは言えなくて、

「出来る時に集中してやりなさいね」

とだけ言いました。

本当は、夏の終わりに先生との話し合いもあったので、出来る事なら、

今回は先生を「あっ」と言わせるくらいテストで頑張って欲しかったんだけど…

コーチもコーチでみんなに頑張らせるためなんだろうけど、いつもなら少し前には選手の発表があるのに

今回は、当日発表!!

そんなの有り~???(>0<)

と言う事は、結局当日まで手が抜けないんだよね~

今回の試験は、捨てるしかない(●′З`)=3

だからこの1週間 練習は休まず、練習の無い木曜日は、塾の自習室で4時間。

土曜日も、昼から夕方まで練習に行って帰ってくるなり 6時半から夕飯も食べずに8時半頃まで又塾の自習室へ。

家に帰ってからも、11時くらいまでテスト勉強。

ここまでされちゃあ応援するしかないよね(^^;)v

土曜日の夜・・・

「ねえ、大丈夫なの?」

「明日にならないとわからないよ!」

「そうじゃなくて、試験の事!」σ(´∀`)

「あ~ そうか(笑) やった所が出たら大丈夫!」

試験勉強をしていても、頭の中は明日ユニホームが着れるかどうかなんだな~

昨日、朝行きはお父さんに送ってもらって 私は試合の時間までに行く事を伝えました。

「出られるようならメールしてくれる?」

「いいよ」

とは言っても、試合前の練習とかでわざわざメールなんて無理だろうな~

それに、出る出ないかかわらず行くつもりでナビにも入れてあるんだけどね^^

試合1時間前。そろそろ行かないと・・・と思ったときにメールが、

『選ばれたょ!』

見たとたんに、目頭が熱くなってきちゃいました。

『やったね! 頑張れ』

って打って、三女と車でゴー!!

少し前に着きました。

ユニホームを着れるのが20人。先発が、11人。

どうやら先発には入っていないよう。

でも、ユニホームを着れないでいる子なんか ベンチにも入れずだから

試験勉強をおろそかにしてでも、やってきた甲斐があったと思うのに

長男は、前半戦自分が出てないのを気にしてか、こっちをチラチラ見てる。

良いのにな~ 出てなくたって、ベンチにでも座っているじゃないの!^^

雨がひどくなってきたので、前半終了と同時に 三女は車の中に連れて行く。

後半が始まってすぐに、ベンチにいる子みんなが アップ(いつでも出られるように体を温める) を始める。

(もしかしたら、出られるのかな~??)

急いで三女を呼びに行く

そうしたら、Cimg0535 呼ばれて交代で出る事に!!

良かった~~♪

何がって、出られた事もだけど 

きっと1番私が見に来ているのにって気にしてたから 長男が、

「母さん、見て~!!」

って言っているのが、聞こえるようなんだもん(*^^*)Cimg0537

残り少ない時間、思い切り走っていきました。

試合は 3ー0 で勝ちました。

長男は、惜しい所はあったけど 得点にはならずでした。

でも、帰りの車の中でとってもご機嫌♪♪

ベンチ入りした 20人中結局試合に出られたのは、14人。

長男にとっては、満足だったよう。

試合終了後、そのまま塾の試験対策へ向う。

*****

そして、今日学校から帰ってきた長男

「試験どうだった?」

「数学と理科はばっちり!! 英語がちょっと難しかったな~」

だそうです^^

明日から順番に返って来るのを楽しみにしていよ~っと^^

勉強も大切、サッカーも大事にしてあげたい…親も子供も葛藤があるけど それを乗り越えて一緒に悩んで 成長を見届けたい! まだまだ悩む事がたくさんあると思うけど、可愛い(?)坊主のためにやるっきゃないよね! 

長男のユニホーム姿に応援のポチッとをお願いしま~す(^0^)

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親切マンション

もう、20年近く前ですが 結婚して東京からはじめて家を出て住んだのが 福井でした。

住む所も若い夫婦にはちょっと贅沢だったかもしれないけど、その辺のアパートが2、3万で借りれたのに 私達が選んだのは、

家賃が6万円の3LDKで6階建て、各階4戸で全部で24戸のマンションでした。 

新しい1歩がそこから始まりました。

引越して、翌月には長女がお腹に宿り 1年9ヵ月後には次女が生まれました。

東京で運転免許を取っていると言っても、ほとんどペーパードライバーの私。

どこへ行くのもベビーカーで出かけて行きました。

そこは旦那の仕事の関係で住んでいただけで、旦那も私も知り合いなんて全くいなくて 困っても頼る人はいませんでした。

旦那はサービス業だったので土日は仕事、平日も仕事、朝から晩まで家にはいませんでした。

マンション内に子供は他にもいたので、雪の日なんてみんなで雪の滑り台を作ったり 仲良くしていました。

知り合いがいない私の唯一の心休まる知り合いでした。

そんなある日、私が熱を出しました。 具合が悪くても1台しかない車は旦那が乗っていっています。

まだ小さい次女長女が面倒をみていますが、限界もあります・・・

親を呼ぶって言っても、遠いってのは辛いね~(・・;)

その辺にあるバナナとかパンとか ハイハイしている次女に、2歳くらいの長女がたべさせていました。

その時 ピンポ~~ン と玄関のチャイムが鳴りました。

フラフラする体で出て行くと、玄関には、1階の独身で年配の女性が立っていました。

いつも挨拶をしている方で初対面ではありませんが、手には土鍋で煮たおじやが入っていました。

「これ食べてよくなりなよ! それと子供達は、3階のYさんがお風呂に入れてご飯食べさせてくれるから もうすぐ迎えに来るよ」

3階のYさんは、いつも子供達が遊んでいるお友達のママさんでした。

夕方から、子供達を預かってもらって夜までゆっくり寝させてもらいました。

それが、どんなに私にとってありがたいことか!!

Yさんは長女の1つ上の男の子と、次女と同じ年の女の子がいました。

なので、扱い方も良く分かってくれているし、お好み焼きとかを上手く食べさせてくれて 子供達も夜遅くまで遊べてご機嫌!

子供達を送ってくれたときは、私の熱もかなり 下がっていました。

今度は逆に、次女とかが具合が悪かったりすると すぐに長女を迎えに来てくれて、遊ばせてくれたり

必要な物をメモして、買い物に行ってくれたり…

何でそんな事までしてくれるの??ってくらい その年配の女性もYさんも 良くしてくれました。

その二人だけではなかったのですが、このマンションの3分の1は 実はある宗教の方たちが住んでいました。

その年配の方が、どうやらその宗教団体の この地区の幹部らしくて 他の地区から引越してくると空いていればこのマンションを紹介していたようです。

この宗教団体は、○○学○と言ってかなり有名な団体でしたが、マンションの他の方たちは

「仲良くすると勧誘されるよ~」

と注意する人もいました。

でも ここに6年住んでいましたが、1度だって勧誘された事はありません!

確かにお宅にお邪魔すると、とっても立派な仏壇があります。

だからって偏見を持ったりする事もなかったし、それ以上にみなさんが慈愛の心を持っていて 一緒にいたり話をしたりしていても 嫌な気持になる事は、全く有りませんでした。

その後も、その団体に所属している他の ご家族とも子供同士仲良くしたり、

身内が近くにいないのも知っているので、困った時はどこからとも無く

それも自然に手を差し伸べてくれました。

今、うちの子供たちがこうやっているのも その時助けてくれた方たちのお陰だな~と思います。

私は、なぜかいつも 良い友達や隣人にめぐり合う事が多いです。

本当に感謝! そのありがたい助けに甘えて今まで生きて来ました。

その年配の女性にあるとき言った事があります。

「Yさんにはまだしも、あなたにこんなに良くしてもらっても お返しする機会がないので 申し訳ないです。」

そうしたら

「私は、今までたくさんの人に助けられてきたのよ。それを返せるようになったから 自分の出来る事をしているだけなの。

あなたは、今は みんなの助けを気持ち良く受け取って いつかあなたが返せるようになったら その時に返してくれれば良いと思うのよ。

世の中は そうやって循環しているんだと思うの。

だから、私に何か返そうとか思わないで 良いんだからね。」

そうやって 言ってくれました。

今でも、その時の言葉が心に残っています。

まだまだ 私は、してもらった分の 10分の1も返してないなと思います。

人がして欲しい事を押し付けがましくなく するって事はとても難しいです。

子供が、少しづつ手が離れて時間にも気持にも余裕が出来たら 

昔お世話になった方たちみたいには、出来ないかもしれないけど 小さい事でも

ちりも積もればだもんね。 

出来る事をやってみるつもり!

今、みんなどうしているかな~?? 

こんなに大きくなった子供達を見せに行きたいな♪

私にも若くて ちょっとは初々しくて 育児初心者の時がありました。 そんな時を思い返して、子供達が大きくなったな~と実感のマヤmamaに 若返りのポチッをお願いしますね~(*^0^*)

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『アンネの日記』

今日、youさんのブログで”あいのり”の事が書いて有りました。

アウシュビッツの事・・・

かなり昔にさかのぼるんだけど、私は本が好きな文学少女でした。

でも、読むものの大体が小説。

そんな私が ふっと手に取って読んだのが、Inu

『アンネの日記』 でした。

思春期のアンネが、戦争のため 何も悪い事はしてないのに虐殺を逃れるために 隠れ家で生活をします。

その中で感じた事や、一緒に隠れていた男の子との初恋。

それを日記にアンネが名前を付けて、友達に話しかけるように記していったものです。

こんな状況下でどうして? 明るく元気で頑張れたんだろう?

って普通にご飯も食べられて、外出も出来て、もちろん命の不安なんか無い生活をしているのに 色々な事に不満を感じていた自分は、

ガ~~ン!! と頭を殴られたようなショックを受けました。

それで、日記だけではなくて アンネの事について書かれた本を色々読みました。

映画も見ました。

”アンネの日記展”があれば、見に行きました。

遠い外国の話でしたが、すごく身近になっていました。

ある日、銀座のあるホールで(どこかまでは忘れた!) 

当時まだ存命だったアンネのお父さんの”オットー フランク氏” の

講演があると聞いて、抽選の葉書を送りました。

私の祈りが届いて、抽選に当り 無事講演に行く事が出来ました。

オットー氏は戦争が終わって生きて帰って来られた数少ないユダヤ人だそうです。 

でも、帰ってきたところで愛娘達も 妻も戻ってこなかったのです。

その繰り返してはならない戦争の悲惨さを 伝える事を生涯の仕事にしていろんな国を周っているとの事でした。

この時点でオットー氏は、90歳を越えていたと思います。

何年かしてニュースでお亡くなりになった事を報じていたのを覚えています。

この時、無謀な高校生だった私は、(多分高1位)

花束と手紙を書いて、講演の終わった後オットー氏の後に歩いていた女性に渡しました。

その女性はニッコリして 私からの手紙と花束を受け取ってくれました。

***<